時の化石

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ザ・ビートルズ 『LET IT BE』1970年。歴史に残る ビートルズ最後の大傑作。

どーも、ShinShaです。
相変わらず、何を書こうか模索しています。今、少し重いテーマについて記事を書く準備をしていますが、なかなか時間がかかります。そのようなことで、今日は、 ザ・ビートルズ 『LET IT BE』について記事を書きます。しかし、これは世紀の大傑作ですよ。果たして上手く書けるでしょうか。

ふたたびビートルズのこと

今日はもう一度、ロン・ハワードの『ザ・ビートルズ EIGHT DAYS A WEEK』を観ました。前回のブログで取り上げた『ラバーソウル』1965年以降に、彼らに起きたことをご紹介します。

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映画『ザ・ビートルズ EIGHT DAYS A WEEK』

日本公演そして悪夢のフィリピン公演

1966年6月29日、ビートルズは来日し、武道館でライブを行いました。日本国内では、ライブ開催は神聖な日本の武道精神を冒涜すると、右翼が激しい反対運動を行いました。久しぶりに、赤尾敏さんのお姿を映像で観ました(笑)。ポールは、インタビューで「僕らは公演をしに来ただけ。何かを冒涜しようなんて思わない。」と話しています。武道館ライブの映像では、彼等は、なかなか楽しそうに演奏しています。しかし、日本の観客が静かなので、自分たちの演奏が心配になった、というエピソードも残っています。

日本公演を終えたビートルズは、7月3日香港経由で次の公演地フィリピンへ。7月4日にはマニラの野外スタジアムで10万人の公演を行います。事件はその後に起きます。ビートルズは、コンサートの後に、当時の大統領夫人イメルダ・マルコス主催のパーティーに招待されていました。そうです、3000足の靴をもっていた、例のイメルダです。ビートルズ側は過密なスケジュールのため、事前にこの招待を丁重に断ったそうですが、現地プロモータは、イメルダ夫人サイドに伝えていませんでした。フィリピンのTVでは「裏切られた!」と叫ぶイメルダが映され、新聞は「ビートルズ、大統領一家を侮辱!」と報じました。

フィリピンの人々の中にビートルズに対する怒りと反感が広まりました。空港で、ビートルズは、怒りに満ちた人々に取り囲まれ、こづき回され、もみくちゃにされました。さらに、ようやく飛行に乗り込んだ後には、離陸許可が下りず、結局「コンサートの収入をすべて当局に渡す」という条件で、ようやく許可が下り命からがら脱出。恐るべし、フィリピン。

いやぁ、フィリピンの話は凄すぎです(笑)。日本でも、来日後は、厳重に警備が行われ、ヒルトンホテルから一歩も出られなかったそうです。ビートルズは、世界中の政治までを刺激する大きな存在になっていました。本当にすごいよな。

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"beatles 4" by beatles maniac11 is licensed under CC BY 2.0

 アメリカ公演そして、レコーディングアーティストへの移行

1966年8月、ビートルズは再び公演のため渡米。ジョン・レノンの「僕らはキリストより有名」という不用意な発言から、アメリカではビートルズの排斥運動が起こっていました。この3週間のツアーも悪夢となっていまいます。 クリーブランドのライブでは、音響が悪く観客がステージに押し寄せ、暴動寸前の事件が起き、メンフィスでは爆破予告がありました。セントルイスでは、どしゃぶりの中、感電の危険があり、サンフランシスコ公演では、安全のため、囚人護送車でスタジアムの中を移動。囚人護送車の中で、ジョンは「もうこんなことは終わりにしよう。沢山だ!」と語り、他のメンバーも同意。ビートルズのライブはこれ以降、開催できなくなってしまいました。

そして、彼らは、レコーディングアーティストとして、しぶとく生き残った。ShinShaはこれ以降のビートルズが、リアル・ビートルズだと思うのです。彼らは、思索的になり、髭をはやし、哲学者か学者のような風貌に変わっていきます。スタジオにこもり音楽に専念して、作り上げた最初の作品が1967年『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』。当時は、ビートルズから開放されるために、新しいバンドの名前が必要だった。そして、それ以降、ビートルズは4年間で5枚のアルバムを制作、優れた作品を生み続けたのです。

1967年サンフランシスコ公演の後、ビートルズは1回だけライブを行ってます。それは、1969年1月にロンドン、アップル社の屋上でゲリラ的に行った「ゲット・バック・セッション」ライブです。この時の映像がYouTubeにありました。リンクを貼っておきますね。

www.youtube.com

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サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』1967年

アルバム『レット・イット・ビー』(Let It Be)1970年

  01.「トゥ・オブ・アス」(Two Of Us) 02. 「ディグ・ア・ポニー」(Dig A Pony) 03. 「アクロス・ザ・ユニバース」(Across The Universe) 04. 「アイ・ミー・マイン」(I Me Mine) 05. 「ディグ・イット」(Dig It) 06. 「レット・イット・ビー」(Let It Be) 07. 「マギー・メイ」(Maggie Mae) 08. 「アイヴ・ガッタ・フィーリング」(I've Got A Feeling) 09. 「ワン・アフター・909」(One After 909) 10. 「ザ・ロング・アンド・ワインディング・ロード」(The Long And Winding Road) 11. 「フォー・ユー・ブルー」(For You Blue) 12. 「ゲット・バック」(Get Back)

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『LET IT BE』1970年
やっと、本題の『レット・イット・ビー』にたどり着きました。ふう。Wikipediaを調べると、このアルバムは1970年5月8日に発売された、13作目のアルバムで、ビートルズが事実上解散してから約1か月後に発売されました。発売から、なんと50年経っているのですね。 今日は何回も聴いてますが、そんな古さは感じませんね。 いつものように、曲の感想を書きますね。  

アクロス・ザ・ユニバース」(Across The Universe)

シンプルなアコースティックギターのイントロから始まります。ボーカルはジョン ・レノンです。美しいメロディです。僕は、このジョン・レノンの歌、大好きです。ビートルズの演奏の上に、ストリングスとコーラスが入ってきます。素晴らしい曲です。

延々と喋り続ける当時の奥さんにイライラしたジョンが、階下におりると宇宙の歌へと変わった。ここが彼の天才的なところなんですね。前半のところ、少し分かるかも(笑)。繰り返し歌われる "Jai Guru Deva Om…" は、サンスクリット語マントラです。後に、この曲は最高傑作かもしれないと、ジョンは語っていたそうです。  

「アイ・ミー・マイン」(I Me Mine)

ジョージハリソン作の曲。歌詞には、『いつもいつも僕が、僕が、僕が』と頑なに自分の事のみを主張し、またそれを曲げようとしない人」の姿と、「それに振り回されて大変な目に遭う『みんな』の様子が描かれている。(wikipedia)当時、不仲だったポールのことを揶揄しているそうです。

イントロのギターが素晴らしい。美しいメロディが続いていき、途中から転調して、ロックンロールに、かっこいいアレンジです。僕はジョージの作曲能力も素晴らしいと思います。「ホワイル マイ ギター ジェントリー ウイープス」、「サムシング」大好きです。この曲も、ジョージの素晴らしい曲のひとつです。   

「レット・イット・ビー」(Let It Be)

誰しも認めるポール・マッカートニーの名曲。メロディが綺麗なので、当時の田舎の中学生や小学生も、意味も分からず「レリピー」などと歌ってました。僕もその一人。

分裂しそうなビートルズの状況に、ポールが悩んでいると、亡くなったお母さんが頭の中に浮かんできて「そのままを受け入れるのでですよ」と語った。このエピソードが歌詞となったといわれています。しかし、この素晴らしい歌詞ですよね。

この曲ではポールはピアノを演奏していて、ベースはジョンが弾いているそうです。へぇ〜知らなかった。この曲は、ポールのピアノの弾きがたりから始まります。美しい曲です。きれいなコーラスが入ってきます。中盤から、電子オルガン、リードギターリズムセクションが入ってきて、曲のイメージが大きく広がっていきます。何回聴いても美しい名曲です。

「ザ・ロング・アンド・ワインディング・ロード」(The Long And Winding Road

ポール・マッカートニーの美しい曲。ポールは「あの頃の僕は疲れきっていた。どうしてもたどり着けないドア、達し難いものを歌った悲しい曲だよね。終点に行き着くことのない道について歌ったんだ」と語っている。僕は、悲しい恋の歌と思っていましたが、どうやら違うようだ。

  この曲はポールのピアノ弾きがたりにオーケースラが被せられている。ポールのリリカルなボーカルが良いですね。ストリングスのメロディが、悲しいほど美しい。『Let It Be...Naked』に別バージョンが入っていますが、楽曲としての魅力が数段落ちるように感じます。これは、フィル・スペクターアレンジもすごいね。言うまでもなく、すばらしい名曲です。  

まとめ

今日は、ザ・ビートルズ 『LET IT BE』について紹介しました。併せて、1966年以降のビートルズについて、映画『EIGHT DAYS A WEEK』とwebsiteの情報をまとめて、書いてみました。『LET IT BE』が発売されてから50年か。感慨深いですね。

今日は。世紀の大傑作を、私なんぞがという気持ちがあったので、長文になってしいまいました。軽く考えていた愚かな自分を恥じています。笑いを取る余裕すらなかった。

今日もこのブログを訪問いただき、ありがとうございました。 今後ともよろしくお願いします。
ShinSha