時の化石

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ヴァン・ゴッホの 名画「ひまわり」について。かつて、日本にあった、もうひとつの「ひまわり」をめぐる物語。

どーも、ShinShaです。
今日は再び、ヴァン・ゴッホの 名画「ひまわり」をテーマにブログを書いてみます。

6月末に、ロンドン・ナショナル・ギャラリー展を観て来ました。ナショナル・ギャラリー所蔵の「ひまわり」は、期待どおり素晴らしい作品でした。日本国内には、現在、 SOMPO美術館所蔵のゴッホの「ひまわり」があります。しかし、かつて日本には、もう一つの「ひまわり」があったのです。今日は、その作品について調べてみました。

ゴッホの名画「ひまわり」

ゴッホの名画「ひまわり」は人気が高い作品です。ひまわりがもつ明るさ、幸福なイメージが好まれるからでしょうか?

ゴッホは生涯に11枚「ひまわり」を描きました。中でも、人気があるのは、1888年、1889年に、アルルで制作された花瓶に活けられた作品です。改めて、ゴッホの「ひまわり」について調べてみました。

ヴァン・ゴッホ 美術館の情報

最初に、ゴッホ美術の本家本元、ヴァン・ゴッホ美術館websiteでは、「ひまわり」はどのように書かれているのでしょうか。

ヴァン・ゴッホ 美術館の「ひまわり」に関する記述を引用

「ひまわり」はゴッホの作品の中でも最も有名な作品のひとつです。
南フランスのアルルで、ゴッホは、花瓶に活けた「ひまわり」を1888年、1889年に5枚の大きなキャンバスに描きました。
彼はひまわりの花を、色調のちがう3種類の黄色のみで描いています。
一色の絵具で、雄弁で多彩なバリエ〜ションを生み出せることを示したのです。
ゴッホにとって「ひまわり」は特別な意味をもっていました。
ゴッホゴーギャンは、最初は良好な関係でした。   最初に描いた2枚の「ひまわり」は、盟友ゴーギャンの部屋に掛けられたのです。
(略)
後に、ゴッホは、2枚の質が低いコピーを製作しました。
当館の所蔵品は、そのうちの1枚です。

ゴッホが、アルルで描いたオリジナル「ひまわり」は5作、ゴッホ自身による模写が2作です。2枚の模写は、オリジナルの5枚とはかなり、クオリティが異なるようです。所有しているゴッホ美術館が、「質の低いコピー」と書いています。また、この絵は、現在は、公開できないほど傷んでいるとそうです。

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「アルルの寝室」ヴァン ゴッホ美術館

オリジナル「ひまわり」5作品は今どこにあるのか

アルルで制作されたオリジナルの「ひまわり」の情報について、表にまとめてみました。

最初の作品は、アメリカの個人所有で、1948年に展覧会に出された後は、非公開のまま不明。どこの誰が所有しているか分からない。

2番目に制作された作品は、日本の芦屋で焼失。これが、今日のメインテーマです。

3作目はミユヘンの美術館所蔵、4作目は、ロンドンにあるナショナル・ギャラリー所蔵。国立西洋美術館で、現在、公開中。先日、私も観てきました。

5作目の作品は、日本の SOMPO美術館所蔵。この絵は1987年3月に安田火災海上(現・損害保険ジャパン)が53億円で購入した。しかし、1997年に贋作説が出てきました。確かに制作時期からすると微妙ですね。最終的にはゴッホ美術館の学芸員・修復技官による再度調査の結果、真筆と報告されています。良かったです。

制作順 制作年月日 ひまわりの本数 所有者 都市 区分
1 1888年8月 3 個人蔵 不明 オリジナル
2 1888年8月 5 (山本顧彌太旧蔵) 芦屋で焼失
3 1888年8月 12 ノイエ・ピナコテーク ミユヘン
4 1888年8月 15 ナショナル・ギャラリー ロンドン
5 1888年12月-1889年1月 15 SOMPO美術館 東京
6 1889年1月 15 ヴァン・ゴッホ美術館 アムステルダム 模写
7 1889年1月 12 フィラデルフィア美術館 フィラデルフィア 模写

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オリジナル「ひまわり」5作品 (1)ー(5)は制作順を示す (wikipediaの画像から加工)

日本にあったもうひとつの「ひまわり」をめぐる物語

先日、奥さんと一緒に西洋美術館で、ロンドン ナショナル・ギャラリー展を観てきました。ナショナル・ギャラリーの「ひまわり」も、フェルメールゴヤレンブラントの作品も素晴らしかった。

美術展の帰り、日本で焼失した2作目の、少しオレンジ色の「ひまわり」が観たかったね、と話しました。今回の記事のメインテーマはここからです。

芦屋の「ひまわり」

日本にあったもうひとつの「ひまわり」、芦屋の「ひまわり」と呼ばれていたそうです。 第二次世界大戦中、芦屋で大空襲(阪神大空襲)にあって昭和20年8月6日、焼失。

復元された作品の画像を掲載しました。
この絵、背景がダークブルーなんですね。素晴らしい絵ですね。観たかった。。。個人的には、背景がブルーの作品の方が好みです。ゴッホのブルーが好き。だから、アメリカにある1作目、ミュヘンの3作目、死ぬまでに観たいです。

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復元された2作目の「ひまわり」、芦屋に「ひまわり」

なぜ、この「ひまわり」が戦前から日本にあったか。誰が所有していたのでしょうか。ネットにも情報がたくさんありました。

「読んではいけない人物伝」から引用 http://eigonoshinzui.com/jinbutsudencover.html

1920年に実業家の山本顧彌太(やまもと こやた)が、白樺派美術館の設立を考えていた武者小路実篤の依頼により、スイスにて7万フラン(当時のレートで約2万円、現在の価格に換算すると約2億円)で購入した。1921年、東京京橋の星製薬ビルで展覧会が行われている。

以前のブログに、ゴッホを有名にした女性、ジョー・ヴァン・ゴッホ・ボンガーについて書きました。彼女は弟テオの奥さんです。テオは結婚後2年で、奥さんと幼子を残して死去。誰にも知られていない、山のようなゴッホの全ての作品と手紙を残して。ジョーは一人で、ゴッホの作品を、戦略的に有名にし、世に広めていったのです。

彼女が、しぶしぶ、ロンドン・ナショナル・ギャラリーに、4番目の「ひまわり」を売却したのが1924年なので、山本氏はそれより4年早く「ひまわり」を購入していたんですね。どういうルートで購入したか? 時期的には、スイス経由で、ジョーから購入した可能性が高いですね。このへんのところは、現在、調査中です。

山本顧彌太氏について

「ひまわり」を買った山本顧彌太(やまもと こやた)氏の情報です。しかし、文学者のパトロンになって、高額な絵まで購入する実業家が大正時代にいたんですね。この当時の金持ちは、皆、紡績関係ですね。倉敷の大原美術館もそうでした。

1886年1月19日 - 1963年11月25日
昭和の日本の実業家。 1886年大阪生まれ。
高校を卒業後、大阪で綿織物を扱う会社を設立し財を成した。武者小路実篤に傾倒し、白樺派パトロン的存在となった。

武者小路実篤氏と一緒に写った写真がありました。おお、この絵だ。

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ゴッホの「ひまわり」の前で。山本顧彌太(左)と武者小路実篤 飽和13年(1938年)頃 武者小路実篤記念館 websiteから転載

武者小路実篤、そして日本に根付いたゴッホの芸術

日本で最初に、ゴッホの美を知り、文学界に情報を広めたのは武者小路実篤氏だったのですね。ShinShaはこの作家の作品「友情」を中学生の頃、読んでいます。そして、武者小路実篤白樺派は、ゴッホセザンヌなどの西洋美術を日本に広めようと活動していたのですね。

武者小路実篤記念館 websiteから引用

大正6年武者小路実篤たち白樺同人が当時はまだ珍しかったゴッホセザンヌら西洋近代美術の作品をぜひ日本に持ってきたいということで始めましたのが白樺美術館設立運動です。そしてこの運動に賛同し、支援いただいていた山本顧弥太さんよって、ゴッホ「ヒマワリ」が購入されました。

武者小路実篤記念館 websiteを見ていたら、明治44(1911)年に、雑誌「白樺」に発表した、実篤の詩が掲載されていました。素晴らしい詩です。

武者小路実篤記念館では、この詩がゴッホを題材にした世界で最初の文学作品だと書いています。また、wikipediaにも「白樺派は、西欧よりも早く、かつ全面的にゴッホ神話を作り上げた」と記載がありました。

「ゆきつくす処までゆく力わく」、読んでいて、感動しますね。少し驚いたのは、これは、現代の、僕が感じているゴッホそのものですね。

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武者小路実篤「バン、ゴォホ」美しき村美術館所蔵

今回、調べてみて分かったことは、ゴッホの作品に対する文学的な評価は、明治・大正期の白樺派の数々の著作から始まり、戦後は、作家小林秀雄の「ゴッホの手紙」、劇団民藝代表の滝沢修の『炎の人 ヴァン・ゴッホの生涯』などがこれを受け継いで、日本の文化の中で熟成されたものだった。大なり小なり、皆がこの影響を受けているということです。

私は、日本で最初にゴッホの美を発見した武者小路実篤氏、そして数々の先人に、改めて感謝の気持ちを感じました。

まとめ

久しぶりのアートの記事を書きました。
やはり、ゴッホの作品は素晴らしいですね。
かつて日本にあった2番目の「ひまわり」をめぐる話は非常に興味深かったです。
100年以上前に、ゴッホの美しさが武者小路氏によって見出され、それが 「ひまわり」の購入につながった。
「ひまわり」は戦火で焼けてしまったけど、ゴッホに対する文学的評価は、今日まで、日本文化の中で継承されてきた。
ちょっと、感動的ですね。

これからも、時々、ゴッホの作品を採り上げていきたいと思います。

そいえば、今日、美術手帳からメールがあり、アメリカの美術館の1/3が財源枯渇で再開不能と書いてありました。
アメリカの問題は我々には対応が難しいですが、日本の美術館は守りたい。
皆さん、感染防止に注意して、近くの美術館に行きましょう!

今日もこのブログを訪問いただき、ありがとうございました。
思うところがあって、これからは、少しブログの数を絞るかもしれません。
毎回は難しいと思いますが、10年後にも読まれる作品を目指して、書いていきたいなと思います。
今後ともよろしくお願いします。
ShinSha