時の化石

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みうらじゅん著『ない仕事の作り方』を読みながら。「見仏記」から「国宝 阿修羅展」にいたる感動的な物語。

どーも、ShinShaです。

少し暑さが緩んできましたね。朝夕が少し楽になってきました。我が家の十月桜、花芽がどんどん増えてきました。もう少し経ったら、彼女の写真を観て頂きたいと思います。

さて、今日のブログ、前回からつづけて、僕と同世代のイラストレーター、みうらじゅん著『ない仕事の作り方』から記事を書きます。前回は「ゆるきゃら」の考案から、ブームになるまでのお話を書きました。今回は、「見仏記」など、彼の『ない仕事の作り方』について、ご紹介いたします。

みうらじゅん氏について

みうらじゅん氏の職業は、「イラストレーターなど」と書いてあります。実際は、本や、雑誌の記事も書いているし、イラストも書くし、TVや映画にも出演するし、イベント企画もする。実に多彩な仕事をされています。

下の写真をご覧ください。ユリイカ」と『人生エロエロ』。この2つが同時に成立するのが、みうらじゅん氏なのです。大体、アーティストで「人生エロエロ」なんて連載ができるのは、彼しかいません。掲載しているメディアが、あの週刊文春。そう、あの文春砲の週刊誌。この連載文は、必ず「人生の3分の2は、いやらしいことを考えてきた。」から始まるのです(笑)。その彼が、詩・文学などの芸術誌「ユリイカ」の特集号に掲載された。なんて素晴らしいのだろう。

ちなみに『人生エロエロ』は、本のタイトルが売れ行きに影響があるという理由で、最近では『ラブノーマル白書』、『ひつのダイヤリー』と、名前を偽装して、文庫本が出版されています(笑)。

みうらじゅん イラストレーターなど

1958年2月1日京都市生まれ 血液型AB型 1980年 武蔵野美術大学在学中に漫画家デビュー 1997年 「マイブーム」で新語・流行語大賞受賞 2005年 日本映画批評家大賞功労賞受賞 2018年 仏教伝道文化賞 沼田奨励賞を受賞

MAGAZINE・PAPER

Tarzan」男気ムキムキ人生相談ブロンソンに聞け+田口トモロヲ峯田和伸(マガジンハウス)隔月木曜の前半(月1) 「SPA!みうらじゅん×リリーフランキーグラビアン魂 (扶桑社) 毎週火曜 「週刊文春」人生エロエロ(文藝春秋)毎週木曜 「マリソル」みうらじゅん×辛酸なめ子のお悩み相談 煩悩=ほんのう(集英社)毎月7日 「モノマガジン」今月の宝物BEST2 (WPP) 毎月16日  「からだにいいこと」合言葉はアンチシリアス 老いるショック(祥伝社)毎月16日

出典: みうらじゅん official Site

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ユリイカ 総特集みうらじゅん SINCE1958』  みうらじゅん著『人生エロエロ』

みうらじゅん著『ない仕事の作り方』

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みうらじゅん『ない仕事の作り方』文藝春秋

みうらじゅん氏は、本書の冒頭で「私の仕事をざっくり説明すると、ジャンルとして成立していないものや大きな分類はあるけれど、まだ区分けされていないものに目をつけて、ひとひねりして新しい名前をつけていろいろ仕掛けて。世の中に届けることです」、と書いています。

今日は、この本の中から、彼が手がけた「アウトドア般若心経」、「見仏記」の物語について採り上げていきます。

アウトドア般若心経

みうらじゅん氏は、2007年、般若心経の278文字をすべて街中の看板から探し、写真に撮った本、「アウトドア般若心経」を出版しました。仏像好きのみうら氏は、般若心経にも興味をもっていて、ある日、街の中の駐車場の看板に「空あり」という文字を見つける。「ないもの」が、「ある」。街中の看板から、般若心経の思想を感じ取った、みうら氏は、夢中で街の中の看板の写真を撮るようになる。そして、般若心経の文字の徹底的な収集が始まる。

常にカメラをぶら下げて、ふらふら歩いているので、何度も警官から職質を受けたり(笑)、新宿から歩いて看板を探し出し、気がついたらお台場だったとか。「徒労=修行」だと、肝に命じて全国行脚。実に5年をかけて278文字全てを写真に撮った。下に写真を載せます。よく、こんな文字あったなぁ。感動します。

みうら氏は、「そもそもなかった仕事」を「ある」ように見せるのは、般若心経の「空」の考え方であることに気が付く。この仕事は、彼のターニングポイントになっていった。

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アウトドア般若心経」 『ユリイカ 総特集みうらじゅん SINCE1958』から

「見仏記」

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いとうせいこう みうらじゅん著『見仏記』

皆さんは、「見仏記」ご存知ですか? 「見仏記」も、みうらじゅん氏の「ない仕事」から作られたものなのです。

『見仏記』(けんぶつき)は、いとうせいこうみうらじゅんの共著による紀行文のシリーズ。いとうが本文、みうらが文中の絵を担当している。

元来仏像に造詣の深いみうらと、その友人であるいとうが、信仰や美術品としての視点とは異なる独自の観点から各地の仏像を鑑賞することを目的にしておりその行為を「見仏」と表している。

1992年9月号から『中央公論』誌上で連載されたの皮切りに、その後掲載誌を移して何度か連載され、その後単行本として刊行されている。また、親孝行篇はHotwired Japanのサイト内に「e見仏記」として連載された。


みうらじゅんいとうせいこうのテレビ見仏記は、2001年から関西テレビ☆京都チャンネル(2009年閉局)で不定期に放送されたテレビ番組。見仏記のコンセプトのもと関西周辺の仏像を巡る様子を収録している。関西テレビ☆京都チャンネルが閉局後は地上波の関西テレビ不定期に新TV見仏記として放送され、2015年10月からはBS12でも放送がスタート。また番組はのちにDVD化、ブルーレイ化され発売されている。

引用:wikipedia

僕は、「見仏記」が大好きで、本もかなりの数を読んでます。関西テレビの番組を収録したDVDは、レンタルしてほとんど観ています。「見仏記」は仏像の美しさを教えてくれます。みうらじゅんいとうせいこうの二人のトークは、知的で、ユーモアにあふれて、たまらない。関テレのオンデマンドでも観られるようですね。

みうら氏は、小学生4年生から、仏像スクラップを始めます。「仏像ならばクラスメイトにライバルはいない。仏像博士になろう。」 日曜日になると、おじいさんと一緒に、寺に通ってパンフレットを集め、スクラップブックに貼り付け、詩やエッセイを加えた。

お寺と仏像が大好きになった彼は、自分の仏像が欲しいと思うようになる。そして、何と仏教中学を受験。面接で仏像愛を語ると、「君のような生徒を待っていました」と言われ、見事合格(笑)。しかし、彼は女の子にモテる要素がないという理由で、中学2年でスクラップを止めてしまうのです。そう、この年頃の男には重大問題です。

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小学生時代のスクラップブック産経ニュースから転載 https://www.sankei.com/life/news/180208/lif1802080012-n1.html

そして時は移り、みうら氏は、知り合ったばかりの、いとうせいこうに、実家から持ってきた仏像スクラップを見せます。いとうせいこう氏は「異常なる興奮を感じる」と語ったそうです。いとう氏の言葉から、彼の仏像熱は再燃し、二人は、今までにない仏像本を作ろうと考えたのです。

硬めのメディアで、仏像本の連載をしたいと考えたみうら氏は、中央公論社に、「いとうさんが文を書きますから。」と売り込み(笑)、連載が1992年からスタート。そういえば、みうらじゅん氏は、ラジオの番組で、いとうせいこう氏と出会った後、夢枕に「いとうせいこうさんと組みなさい」という声を聞いたと語っています。

二人は「見仏記」で、従来のタブーを次々破っていく。これまで硬い文化的存在であった仏像を「カッコイイ」、「いろっぽい」と言い切り、三十三間堂の仏像を「ウィアーザワールド状態」と表現し、映画「エマニュエル夫人」のルーツは、半跏思惟像(はんかしゆいぞう)にあると書く(笑)。これまで、仏画などで描かれていた仏像をイラストで描く。あちこちの、お寺から、「仏像は拝むものであり、見るものではない。冒涜している。」と怒られる。

「見仏記」は人気を獲得し、連載する媒体を変えながらも、現在まで続けられています。これまで多くの単行本、文庫本が発売され、ロングセラーとなっています。2001年からは、いとうせいこう氏とみうら氏が、お寺めぐりをする「テレビ見仏記」がスタート。これも、不定期ながら現在まで続いている。「見仏記」をガイドとして、仏像めぐりをしている若い観光客の数も増えて行った。

「国宝 阿修羅展」という事件

その後もいとうせいこう氏、みうらじゅん氏は、夢中で「見仏記」の仕事を続けていくが、仏像ブームが本当に訪れているのか分からなかった。

2009年に東京国立博物館で、「国宝 阿修羅展」が開催された。この展覧会は、東京だけでも100万人近くを動員し、その年に開催された展覧会の1日に平均来場者数ランキング世界一に記録された。会場には年配者に加えて、若い女の子たちが押しかけていた。みうら氏は、ブームとは若い女の子が作るものだと、その光景を観て思い知らされたそうです。この当時「アシュラー」ということばも生まれましたね。

みうら氏には、多くの仕事のオファーが殺到し、主催者からは「阿修羅ファンクラブ」の会長を依頼される。その後も、国内では仏像の展覧会が増え、メジャーな展覧会には、ほとんど、いとうせいこう氏、みうらじゅん氏が関わっています。いやー、素晴らしい。

みうらじゅん氏は「世の中がどうかし始めているのではないか?20年前、私のやっていることは冒涜だと怒られていたのに、ここまで世間の常識がひっくり返るとは思いませんでした。」本書に書いています。感動的な物語ですね。

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国宝 阿修羅展ポスター フォト蔵 websiteから転載http://photozou.jp/photo/show/197391/146313994

見仏記 (角川文庫)

見仏記 (角川文庫)

まとめ

はい、今回もえらい文字数になりました。今回は、みうらじゅん著『ない仕事の作り方』から、「見仏記」などに関するお話を紹介しました。本当に感動的でしたね。彼は、タモリクラブに出てくる、ロン毛のへんなおじさん、だけではないのです。

このブログを書いて、僕が理解したことは、みうらじゅん氏は、これまでに「ない仕事」を作り、世の中に広め、大きなブームを仕掛けていくのです。そのブームのビジネスには、メディア、行政、お寺、観光業、商店、おもちゃ工場等、多くの人たちも参加する。だから、関わる人の賛同を得て大きなブームになるし、その中で、彼はさらに素晴らしい仕事ができる。こう分析すると、このビジネスモデル、すごいです!

今日もこのブログを訪問いただき、ありがとうございました。
今後ともよろしくお願いします。

ShinSha

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