どーも、ShinShaです。
19世紀の偉大な画家ミレー。
時代を超えて彼の作品は人々を魅了し続けています。
今回はミレー の若い頃から晩年まで4作品を見ながら、彼の絵の秘密について考えてました。
作品を詳しく調べると、圧倒的なテクニックと考え尽くされた構図、そして巧みな光の演出が与えられていることが分かります。
だから僕らは彼の作品に心を打たれるのです。
やっぱりミレーは偉大な画家でした。
バルビゾン派とミレー
フランス、パリから60キロメートル南にあるバルビゾン村に集まり農村風景、働く農民の姿を描いた画家たちの一派をバルビゾン派と呼びます。
バルビゾン派の有名な画家は、コロー、テオドール・ルソー、そしてジャン=フランソワ ・ミレーなどです。
バルビゾン派の画家たちは、バルビゾン村に都会にはない暮らしと風景の美しさを発見したのです。
ミレーは1814年農家に生まれ、1837年からパリへ出て絵の勉強を始めます。
1840年のサロン(官展)に2点の肖像画を提出し初入選を果たします。
ミレーはこれを機にパリを去って、シェルブールに行き肖像画を描いて生計を立てます。
1849年にはパリでコレラが大流行し2万人の死者が出ました。
この年にミレーはバルビゾン村に移り、働く農民の姿を描くようになりました。
ミレーはその後『種まく人』『晩鐘』『落穂拾い』などの傑作を発表し、フランス、アメリカなどで高い評価を受けるようになりました。
バルビゾンへの転居がミレーに大きな成功をもたらしたのです。
19世紀初め頃のフランスでは芸術アカデミーとういう組織が美術界を取り仕切っていて、「宗教画」「歴史画」にしか美術の価値を認めていなかったのです。
以前ご紹介した高階 秀爾著『誰も知らない名画の見方』には、ミレーはこうした当時の美術界に抵抗した革新的な農民画家だと紹介されています。
ミレーはアカデミーが認める宗教画より、懸命に生きる生身の人間に芸術的価値を見出したのだのです。
ゴッホ兄弟について書いた小説、原田マハ著『たゆたえども沈まず』では、産業革命以降に豊かになったパリ市民が自宅の部屋を飾るために、美しい自然を描いた印象派の絵画やエキゾチックな日本美術を買い求めた様子が書かれています。
こうした市民の評価がフランスの美術界を変えていったのですね。
その後、アカデミーは衰退して行きました。
農業国フランスの原風景を描いたミレーの絵は、次第にフランスの中で高い評価を受けるようになりました。
その後、ミレーの絵はアメリカ、日本などでも高い評価を受けるようになったのです。
心を打つ作品の数々
『晩鐘』
それでは、ミレー の作品を見ていきましょう。
最初にご紹介する絵は名画『晩鐘』です。何度観てもすばらしい絵ですね。
この絵の原題 ”The Angelus” はカトリック教徒が夕方唱える祈りの意味です。
遠くの水平線にある教会から鐘が鳴り響いてくる。
二人の農民は、夕暮れの中、首(こうべ)を垂れ、感謝と死者のために祈りを捧げている。
懸命に祈る女性の姿は、貧困の中で亡くなったミレーの母を重ねて描いたそうです。
静かに一心に祈る姿に胸を打たれます。
この絵には黄昏時(たそがれどき)という魔法の効果が強く働いています。
黄昏はこの作品にノスタルジーと情緒を演出し、見えない二人の表情に想像力はかきたてられます。
水平線の中に二人の人物が立っているという構図にもドラマティックな演出がなされています。
"The Angelus" by lluisribesmateu1969 is licensed under CC BY-NC 2.0
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『ひなぎく』
次にご紹介する絵は、晩年に描かれた『ひなぎく』という作品です。
ストレートに幸せを表現した良い絵ですね。
娘さんの名前はマルグリット、フランス語でひなぎくの意味です。
ミレーにもこんな絵があったんですね。
絵の真ん中で、のびやかに咲き誇るひなぎくの花は光を放っています。
ひなぎくの花が手に取るように目の前にあります。
すばらしい描写です。
この花を見ているだけで幸福な気分になってきます。
花の背後に隠れて、いたずらっぽく微笑む娘さんの表情も愛らしいですね。
しかし、ひなぎくが主題だとすると構図が変ですね。
どうしてこんな画面構成になっているんでしょうか。
これは出窓に置かれたひなげしを家の外から見て描いた絵でしょうか?
ひなぎくは画面中央左の上部が見切れそうな位置に置かれています。
左には木製の壁があります。
花は生活空間の中に描かれているのです。
この絵は生活の中にある、ひなぎくと同じ名前をもつ娘さんを切り取って描くことで、家族への愛情を表現しています。
スナップショットのようですが、恐ろしく考えられた構図だと思います。
"Jean-Francois Millet - Bouquet of Daisies" by irinaraquel is licensed under CC BY 2.0
『夕暮れに羊を連れ帰る羊飼い』(山梨県立美術館収蔵)
山梨県立美術館には「種をまく人」「落ち穂拾い、夏」など全69作品の世界に誇るミレーコレクションがあります。
今日はその中から、僕の大好きな作品を2点紹介します。
山梨県立美術館にある『夕暮れに羊を連れ帰る羊飼い』。
『晩鐘』と同じ頃に製作された作品です。
地平線の彼方に、大きな夕陽が沈もうとしています。
泥道の水たまりに夕陽が反射しています。
コートを着込んだ羊飼いが、肩をすぼめてゆっくりと、羊たちを連れて、牧舎に帰って行きます。
静かで雄大な風景の中、羊たちの息遣いと足音が、聞こえてきそうです。
大自然の中で、羊飼いは孤独な存在ですが、かすかに読み取れる表情から強い意思を感じます。
大自然の中、生きる人間の営みが、見事に表現されているロマンチックな美しい絵です。
この絵にも黄昏の魔法と、広い水平線の中に立つ人間というドラマチックな構図が使われています。これが、真昼間の絵だとしたら、僕らはこれほど感動を受けるでしょうか。
『ポリーヌ・V・オノの肖像』 (山梨県立美術館収蔵)
この絵はミレーが27−28歳、若き日の作品です。
モデルはミレーの最初の夫人ポリーヌ。
この絵が描かれたのはポリーヌが19歳の時でした。
後にポリーヌは22歳の若さで、パリで結核により亡くなりました。
ミレーは妻となるこの女性の美しさを、全力で描いたのでしょう。
ポリーヌは黒いドレスを着て、ネックレスを身につけ着飾ってモデルになっています。
瞳にある輝き、透き通るような肌、少し緊張した表情、アクセサリーの質感、ドレスの光沢など、圧倒的な描写で描かれています。
彼女の眼は少し悲しげだが、口元にはかすかな笑みが浮かんでいる。
彼女が若くして亡くなった情報を知ってしまうと、この絵が悲しさを表現しているように見えてきます。
しかしそれは間違っている。
ネットを見ていると、構図が近いのでこの作品はミレー版「モナリザ」ともいわれているそうです。
この絵からは、確かに「モナリザ」に通じる神秘性を感じます。
僕もミレー版「モナリザ」説に一票を投じます。
そうすれば、若くして亡くなった彼女は永遠の存在になることができます。
少し斜めを向いて立つ構図、微かに口元に浮かぶ微笑み、瞳に描き込まれた光、全身にフラットに当てられた淡い光。
彼女を包み込むダークな背景。暗い色調は彼女にミステリアスな印象を与えています。
瞳に光を書き入れて表情を演出するのは、フェルメールが始めた技法でしたね。
最愛の人の美しさを表現するために、徹底的に考えられてこの絵は構成されています。
若い頃から晩年までの4作品を見ると、ミレーはどんな対象でも描くことができる圧倒的なテクニックを持った画家であることが分かります。
彼は肖像画を描いても、静物画を描いても超一流の画家です。
ミレーが自然や素朴な農民を描く「農民画家」だという先入観を捨てなければなりません。
さらに、ミレー の絵には考え尽くされた構図が与えられ、巧みな光の演出が行われているのです。
だから時を超えて僕らはミレーの絵に心を打たれるのです。
やはりミレーは、二人といない偉大な画家なのでです。
オススメの美術関連本
ここで美術関連の本のご紹介です。
高階 秀爾著『誰も知らない名画の見方』、山田五郎著『知識ゼロからの西洋絵画入門』は、すばらしい美術解説書です。
ミレー の絵画についても詳しく解説されています。
ぜひ読んでみてください。
あとがき
久しぶりにアートの記事を書きました。
ミレーの作品を一枚ずつ、考えて考えて、何度も見て記事を書きました。
とても楽しい時間でした。
約半年前、山梨県立美術館の作品の記事を書きました。
その時から『ポリーヌ・V・オノの肖像』の美しさが、頭の中から離れなくなってしまいました。
コロナウィルス感染が落ち着いたら、また山梨までポリーヌ に会いに行きたいと思います。
やっぱりアートって素晴らしい。
皆さんも、感染防止に注意を払いながら近くの美術館に出かけましょう。
今日もこのブログを訪問いただき、ありがとうございました。
今後ともよろしくお願いします。
ShinSha
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