今回はハーマン・カーブに関する記事です。最近、ハーマン・カーブの概要について触れた過去の記事へのアクセスが増えていますので、さらに詳しい情報を調べて記事に書くことにしました。
ハーマン・カーブはヘッドホンで音楽を楽しむための最も優れた周波数特性基準の1つです。ハーマン・カーブは科学的な根拠をもつ基準であり、現在のヘッドホン設計や評価の重要な基礎となっています。
ヘッドホン、イヤホン愛好家には是非知っておいてもらいたい情報です。内容は少し専門的ですがじっくり読めばそれほど難しいものではありません。
それではハーマン・カーブについて詳しく掘り下げていきましょう。
ハーマン・カーブとは
ハーマン・カーブ(Harman Curveまたは Harman Target)は、ヘッドホンで音楽を楽しむための周波数特性基準の1つとされています。米国のハーマン・インターナショナルで行われた研究成果から生まれた科学的根拠に基づく基準です。
ハーマンカーブの研究が始まったのは2010年頃。それまでのヘッドホン設計はコンピュータを用いない測定技術に基づいていました。スマートフォンの発明によるヘッドホン、イヤホン需要の急増に刺激され、科学者たちが「多くの人が好むヘッドホンやイヤホンの音と周波数応答がどのように関連するのか」を調べるために実験を開始しました。
ハーマン・カーブは、人が部屋の中でスピーカーを聴くときの聴覚をシミュレートするよう設計されています。カーブは部屋の中で再生されたスピーカーの中立な音、つまり低域〜高域のどの音域にも強調のない音をヘッドホン、IEM (インイヤーモニター)で再現しようとしたものです。なかには低域、高域にわずかに強調があると判断する専門家もいますが。
ハーマン・カーブは周波数応答(Frequency Response)の形式で示されています。これは、オーディオ製品の音質を理解するための重要な特性です。周波数応答は、オーディオ機器が入力された音をどのように再現するかを示す指標で、機器が低周波数から高周波数まで、どのような音量バランスで音を再生するかを示します。通常、周波数20Hzから20kHzをカバーします。
ハーマン・カーブ周波数応答の3kHzのピークは、音が頭、耳、そして耳道を通過した後にどのように音を聞くかを表しています。耳はその周波数帯域を自然に増幅して聴くため(耳増幅(ear gain)」とよばれる)、ヘッドホンやIEMのターゲットにはその増幅に対応する補正が含まれます。また、低域が丘のように盛り上がっているのは壁の反射を反映しています。耳の外で音が鳴るヘッドホンと、外耳道の中で音が鳴るIEMでは耳増幅の形が異なっています。
実験はどのように行われたか
2014年に行われた理想的なヘッドホンの音質を測定する実験では、カナダ、中国、ドイツ、アメリカの一般人、オーディオの専門家、20歳から70歳までの合計238人を被験者に選びました。サンプリングには地域、文化や年齢による影響が十分に考慮されています。
被験者には音の違いや歪みを識別する訓練を事前に行いました。被験者はヘッドホン(ブラインド処理をして機材名、ブランドは分からなくしてある)ごとに異なるイコライザーモデルを切り替えながら音楽を聴き、各モデルに対して11段階の評価を行いました。
(実験に使用したヘッドホン、楽曲)
- ヘッドホン:SENNHEIZER HD518(普及品)、Audeze LCD-2(高級品)など
- 楽曲:(女性ボーカル)Jennifer Warnes “Bird on a Wire”、(男性ボーカル) Steely Dan “Cousin Dupree”、Dallas Wind Symphony :”Tchaikovsky’s Parade of Wooden Soldiers”
このようにして、ハーマン・カーブの実験は科学的方法論に基いて、多くのリスナーの好みを反映した音響基準を定義することに成功しました。また、この試験から年齢や文化的背景にかかわらず、多くのリスナーが同じような音響特性を好むことも判明しました。その後も被験者の幅を広げ、さらにIEMについても研究が続けられました。
この手法は、現在のヘッドホン設計や評価の重要な基礎となっています。ハーマン・インターナショナルの研究の後にSONY、Campfire Audio、水月雨(Moondrop)なども独自の研究を行いましたが、ほぼこれに近い結論となったそうです。
ハーマン・インターナショナルとは
ハーマン・インターナショナル・インダストリーズ(Harman International Industries, Incorporated)は、1953年創業の米国のオーディオメーカーです。2017年に韓国のサムスン電子に買収されました。
JBL、harman/kardon、Infinity、マーク・レビンソン、Lexicon、AKG、Arcam、Studer、Soundcraft、CROWN、dbxなどを所有している巨大なオーディオ企業です。しかしすごいブランドが含まれていますね。
ハーマン・インターナショナルの主な事業は次のとおりです。
- コネクテッド・カーなどの車載技術の開発・製造
- 高品質なオーディオ製品の開発・製造
- エンターテインメント施設や映画館、録音スタジオ、オフィス、公共スペース向けの音響・照明・映像・コントロールの統合型ソリューションの開発・製造
- プロフェッショナル・サービス・ソリューションの開発・製造
ハーマンインターナショナルの事業はカーオーディオ、オーディオシステムの販売が主力となっていますが、売り上げの比率が大きいのは自動車向け。昨年のポタフェスでJBLの人と話したのですが、サムスンの興味はやはり自動車向けオーディオで、買収後もそのほかの分野のJBLの仕事は大きな変化はないと話していました。
ハーマン・カーブはどう利用されているのか
ハーマン・カーブは各社のヘッドホン、IEMの音響設計に利用されています。ハーマン・カーブを忠実に再現したチューニングを施した製品としてAKG K361、AKG K371が発売されています。僕はこれらの製品で音楽を聴いたことはありませんが、webでのユーザー評価は非常に高いです。
ハーマン・カーブに忠実な製品は、ハーマン・インターナショナルに属しないブランド以外は出しませんね。どこもプライドをかけてその上を行こうとしますから。いずれにせよハーマン・カーブの研究により、以降のヘッドホン製品の音質が大きく向上したことは疑いようがありません。
また、僕が時々訪問する海外のWebサイトでは、ハーマン・カーブはヘッドホン製品をレビューする重要な指標として扱われています。実際こうした科学的な根拠がないと、製品の評価が個人的な好みに大左右されてしまうことになります。
そして、僕自身も製品を購入する重要な情報として利用しています。最近、2本のヘッドホンを購入しましたが、上の海外レビューサイトで周波数応答データを確認し、何回か試聴した上で購入を決めました。こうすれば間違えて買うようなことは少なくなると考えています。
ハーマン・カーブ嫌い、そして音の好みについて
とはいえ、ハーマン・カーブが良い音のすべてではありません。米国では絶えず議論の的となっており、”ハーマンカーブ嫌い”と呼ばれるオーディオ愛好家のグループも現れています。
ハーマン・カーブの実験にレポートの中では、下の報告がされています。
- ハーマン・カーブの音質については64%の被験者が好んだ。このグループのほとんどは50歳未満だった
- 15%の被験者は、より強い低音を好んだ。300Hz以下で最大6dB、1kHz以上で1dBのブースト(増幅)が好まれる傾向があった。このグループは主に若い男性であった
- 21%の被験者は、より控えめな低音を好んだ。この場合、低音は最大3dB減少し、1kHz以上の1dBブーストはそのままだった。このグループには主に女性や年齢層が高い被験者が含まれていた
レポートを読むと、本来この音質を好まない人が1/3以上存在するわけです。低音の好みが分かれるのはなるほどなぁと思います。聴く音楽によって、確かに低域の評価は分かれますね。ジャズやロック、ヒップホップ、EDMを好む人は豊かな低域を好むでしょう。しかし、RTINGS.com の情報を読むと、そういった好みの違いというのは、それほどハーマン・カーブから大きく逸脱したものではないことが分かります。
実は最近、オーディオテクニカのヘッドホンATH M50xを購入しました。このヘッドホンは、日本国内より米国で有名。Amazonの米国レビューは5,000超え、米国のスタジオで採用されている大人気製品です。音質全体のバランスが取れていながら、低域が豊かでベースラインなどの聴こえ方が秀逸なのです。
オーディオテクニカ ATH M50xの周波数応答について、RTINGS.com の測定結果を見ると下のとおりになります。青い線はATH M50xの測定値、黒の破線はハーマン・カーブの値を示しています。
RTINGS.com に書かれた、 ATH M50xの音質分析を要約すると以下のような内容です。
ハーマン・カーブとの大きく異なるのは70-250Hzの低域です。この部分の強調は楽曲にパンチと力強さを与える効果をもたらしています。そして中低域〜中高域にかけては非常によくハーマンカーブに一致しています。
高域の4−5kHZに強調があり、この部分はビートを強く印象付けます。それより高い周波数はハーマン・カーブと全体的に一致しながら不均一で主に過剰に強調されているため、全体的に明るい音質を示す。
周波数応答を見るとATH M50x には驚くほど優れたチューニングが施されていることが分かります。だから、世界中のユーザーやエンジニアに支持される名機になったのですね。そして、RTINGS.comの記事を読んでいると、低音に特徴がある名機 ath M50x の周波数応答もハーマン・カーブからそれほど大きく外れたものではないことが分かりました。
おわりに
今回はかなり専門的な内容になってしまいました。ハーマン・カーブはヘッドホン・IEMの良い音を数値化しようとする科学的アプローチから生まれました。この実験で採られたひとつ一つのプロセスは、実によく考えられ合理的に組立てられています。この研究が人種、年齢にかかわらず2/3の人が良い音だと感じる周波数応答を示したことは驚くべき成果だと思います。
僕はジャズ、POP、クラシック音楽を聴きます。ハーマン・カーブの周波数応答は本当に素晴らしいと感じます。幅広い音域のさまざまな楽器の魅力を余すことなく再生し、人の声の魅力もうまく表現できる。いろんなジャンルの音楽を完璧に楽しめるように作られています。
人それぞれ好きな音楽ジャンル、音質があります。自分の気に入ったヘッドホン、イヤホンを探し、メーカ発表資料、websiteなどを調べて、その製品の周波数応答、ハーマン・カーブとの関係を見ていく。そうすれば自分の好みの音が科学的にどういう特性なのかを理解できます。それを続けていけば、迷うことなく自分にとって究極のヘッドホンに出会うことができるでしょう。
ShinSha