時の化石

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ピアノトリオを楽しもう ー マイク・モラスキー著『ピアノトリオ』を読みながら

どうもShinShaです。ジャズにはいろいろな編成があります。最近ではクインテット(四重奏)、カルテット(五重奏)、ピアノトリオ(三重奏)が主となる編成です。今回の記事のテーマはその中のピアノトリオです。

日本のジャズファンは特にピアノトリオを好むといわれています。その理由について、評論家 寺島靖国氏は最新号のジャズ批評で日本の住宅事情によるものだと書いていました。これは本当にそのとおりだと思います。そしてもうひとつは、ピアノトリオのスタイルはエモーショナルで美しい演奏に没入して音楽を聴くのにぴったりです。だから日本人に好まれるのでしょう。

それではマイク・モラスキー著『ピアノトリオ』を読みながら、ピアノトリオをより深く楽しむ方法を学んでいきましょう。

 ピアノトリオの聞き方

パーツ別に聴く

本書では最初にパーツ別に音楽を聴く方法を勧めています。ピアノトリオはピアノ、ベース、ドラムから構成されます。同時に鳴っている複数の音の中から、一つの楽器の音に集中して聴くことが、音楽を聴く耳を鍛える近道となります。この方法で聴く練習を重ねると、より多くの音を聴き分けられるようになります。そして音楽全体をさらに深く楽しむことができるようになるのです。

本書にはジャズの楽器の中ではベースが最も重要だと書いてあります。その理由はベースがリズムとハーモニーの基盤をつくるからです。だからモダンジャズではベースのいないバンドはほとんどありません。

この本を読む前から、ベース音を追いながらジャズを聴いています。そうするとリズムが身体に入ってきて音楽が楽しいのです。ジャズクラブで時々、音程が少し狂ってたり、リズムが遅れるベースと出会うと、音楽全てが台無しになった感じがします。筆者が書いているように、やはりベースはジャズの要ですね。

"Old times" by kiwinz is licensed under CC BY 2.0.

リズムを身体で感じる

これはいうまでもありませんね。足を動かしたり、頭を揺らしたり、指を鳴らしたり、テーブルを叩いたりして、リズムを身体で感じながらジャズを聴きましょう。ジャズバー、ライブなどでも恥ずかしがらず、身体のどこかを揺らしてリズムを感じましょう。

さらに、前の項のパーツ別に音楽を聴く方法と組みあわせます。ベースのリズムやドラムのシンバルが刻むリズム、そしてピアノストの左手が弾くコードのリズムを聴きながら身体を揺らす。そうすれば、ジャズ特有のスイングをもっと楽しく感じられるようになるのです。

ピアノ演奏の要素

本書にはピアノ演奏の3つの要素として、タッチ、リズム、ハーモニーを挙げています。ジャズピアノがクラシックと異なるのは、やはりリズムとハーモニーでしょうか。この2つを変幻自在に表現することがジャズピアノの本質であると思います。

この3つの要素に着目して楽曲を聴き、お気に入りのアーティストがほかのプレイヤーとどう違うのか、どんな点で優れているのか分析してみることも楽しいです。気づかなかった新しい魅力を発見できるかもしれません。

タッチ

タッチとは鍵盤のキーの押さえ方のニュアンスです。ピア二ストが好むタッチは様々です。セロニア・スモンク、マッコイ・タイナーなどは打楽器のように強力なタッチです。一方、ビル・エヴァンスキース・ジャレットのような柔らかく、なめらかなタッチを好むピアニストもいます。

"Annie Booth Playing Jazz Piano" by Kelly Maxell is licensed under CC BY-SA 4.0.

リズム

ジャズのリズムは4拍子や2拍子を基本としていますが、柔軟で常に変化するリズムが特徴です。ジャズ特有のリズムを「スウィング」と呼びます。ピアニストはそれぞれ独自のリズム感覚をもっています。ソロを弾く時、バックで演奏する時、その違いが自然に聴こえてきます。

ハーモニー

筆者はジャズピアノでハーモニーを表現する要素として、コードヴォイシングとコード進行を挙げています。ジャズの楽譜には主旋律のほかにはコードしか記載がありません。このコードをどのように演奏するかはピアニストに委ねられているのです。

コードヴォイシングとは、コードを表現するさまざまな方法のことです。 ヴォイシングは進行の中でコードの文脈を作り出し、ニュアンスを加えることで、基本コードより複雑な印象を与えます。同じコード記号にも無限のヴォイシングを使うことができるのです。

また、ジャズピアニストは基本コードに加えて、代理コード、エクステンションコードを使用し、楽曲のコード進行を多彩で印象的なものに作り替えることができるのです。だから同じ曲を演奏しても、ジャズはアーティストによって大きく演奏が違ってくるのです。

ジャズピアノの奏法を知ろう

ジャズピアノの基本的な演奏方法は、左手でコードをリズムで刻みながら、右手で短音のメロディを弾くことです。しかし、サウンドのメリハリをつけたい時、演奏を盛り上げたい時には、効果的な奏法を用いることがあります。

本書ではジャズピアノの代表的な奏法として以下の3つを紹介しています。ムービーを見て頂ければ、演奏のイメージが掴めると思います。普段ジャズピアノを聴いている人には、きっと聞き覚えのあるフレーズが思い浮かぶでしょう。

"File:Hands of a Jazz Piano Player.png" by Nujiro is licensed under CC BY-SA 4.0.

◾️ユニゾン奏法
1または2億ターブ離して、両手で同じメロディを同時に弾く奏法です。猛スピードで行うユニゾン奏法はリスナーに興奮を与える効果があります。この奏法はオスカー・ピーターソンモンティ・アレキサンダー、ベニー・グリーンなどが得意としています。ユニゾン奏法を説明するムービーをご覧ください。

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◾️ブロックコード
ブロックコードは右手と左手を離した位置で、同じリズムでコードを弾く奏法です。エロール・ガーナーの演奏から生まれた奏法だといわれます。この奏法を完成させたのはアーマッド・ジャマルです。この奏法を得意とするピアニストとしてレッド・ガーランドが有名です。ブロックコードの演奏法を説明するムービーをご覧ください。

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◾️ロックハンド(シアリング)奏法
ロックハンド奏法は両手が手錠で繋がれ、くっついたように演奏をする方法です。ロックハンドは1オクターブにおさまる濃密なサウンドを生み出し、また変化に富んだハーモニーが得られる特徴があります。

下のムービー、ジョージ・シアリングの”コンセプション(1950)”演奏 1:58 - 2:28 がこの奏法です。演奏が難しいため、最近ではあまり使われることはなくなりました。

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3つのテクニックはすごくジャズっぽいですね。ピアニストが自分の表現をアピールするために編み出した方法だという感じます。僕はピアノも弾けないし楽譜も読めないのですが、それぞれの奏法が生み出すサウンドについて理解できました。これを頭に入れておけば、これからはもっと楽しくピアノを聴けますね。

ビル・エヴァンスの演奏はなぜ素晴らしいか

ビル・エヴァンスは魅力があるピアニストです。美しく繊細なタッチ、豊富なコードヴォイシング、そしてライブでのリリシズムあふれる演奏。

ビル・エヴァンス演奏のなかでも1961年6月25日にヴィレッジ・バンガードで行ったライブをピアノトリオの最高峰と評価するファンは多いです。このライブはビル・エヴァンス(p)、スコット・ラファロ(b)、ポールモチアン(ds)のトリオによる演奏です。このライブの音源はアルバム『サンディ・アット・ヴィレッジ・バンガード』、そして『ワルツ・フォー・デビイ』に収められています。(その後、コンプリート盤も発売されましたが)

"Bill Evans" by Brianmcmillen is licensed under CC BY-SA 3.0.

この演奏が最高とされる理由について、本書では「インタープレイ」「ブロークンタイム」の2つの革新性にその答えがあると記しています。インタープレイとはトリオまたはリズムセクションのおける演奏者の自由自在なやりとりを意味します。エヴァンスの理想的なトリオができたのは天才的ベーシスト、スコット・ラファロと演奏するようになってからです。

このトリオのインタープレイは一方通行ではありません。ラファロがエヴァンスのフレーズに反応するだけはなく、ラファロが弾いた短いフレーズをエヴァンスが拾って、ピアノソロとして展開する。このように濃密な双方向のインタープレイを行ったのは、ジャズの歴史上でもこのトリオが初めてでした。

もう一つのプロークンタイムはなかなか説明が難しいのですが、インタープレイによりリズムまでも柔軟に変えてしまうスタイルのことです。本書ではブロークンタイムはラファロとの演奏を通じて、エヴァンスが初めて実現できたものだと説明しています。このライブを聴いていると、インタープレイにより2ビートと4ビートのリズムを自在に変化させて演奏をしています。ブロークンタイムによりリズム表現の自由度は増し、より多彩な演奏ができるようになったのです。

筆者はエアヴァンストリオの濃密なインタープレイ、ブロークンタイムが聴ける演奏として”My Pomance”を紹介しています。

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エヴァンスとスコット・ラファロとの活動は1959年から1961年までのわずか3年間。ラファロが参加したエヴァンス トリオのサウンドは後のジャズのリズムセクションを変えてしまうほど革新的なものでした。

ジャズ史上最高の名盤といわれるヴィレッジ・ヴァンガードのライブ録音を残してから、わずか11日後、ラファロは交通事故に遭い死去。エヴァンスは大きな精神的なショックを受け、その後何ヶ月もピアノに触れる気さえしなかったといわれています。

"cdcovers/bill evans/sunday at the village vanguard.jpg" by exquisitur is licensed under CC BY 2.0.

マイク・モラスキー著『ピアノトリオ』岩波新書

著者 マイク・モラスキー氏は早稲田大学名誉教授であり、ジャズピアニストでもあります。著作にはジャズに関する本、日本居酒屋などに関する本がたくさんあります。本書の概要を出版社のデータから引用します。

日本のジャズレコードやライブの多くを占めるピアノトリオ。バンドのリズムセクションが独立して成立した比較的新しい演奏編成とはいえ、モダンジャズの入り口でもある。その歴史を繙き、パウエルからエヴァンス、チック・コリア、ジャレットなど様々なピアノトリオのアルバムを取り上げ、具体的な魅力、聴き方を語る。

日本のジャズ界でも人気のピアノトリオ。パウエル、エヴァンスなどの名盤をを取り上げ、印象論を超えた具体的な聴き方を語る。
引用:https://www.iwanami.co.jp/book/


本書ではピアノトリオの歴史から、ピアノトリオの名盤、そして2000年代、近年のピアニストの演奏スタイルまで幅広い解説が行われています。僕はジャズの雑誌を時々読んでいるのですが、これほど説得力のある文章には出会えません。さらピアニストしての視点からも、代表的なピアニストの演奏の解説がなされており新鮮さを感じました。ジャズファンの皆さんには、ぜひ読んでいただきたい。

おわりに

今回はピアノトリオの聴き方を学びました。これまでは漫然とあのメロディが美しい、あのフレーズがエモいなどと聴いていました。ジャズピアノでは右手左手を駆使して、同時に3つの音が鳴っているような演奏が普通にありますが、こういう基準となる聴き方を勉強することは重要ですね。

記事を書きながらビル・エヴァンストリオの演奏を聴きましたが、コードヴォイシングが素晴らしいですね。ハーモニーが独特で、そしてとても美しい。ラファロとのインタープレイは、互いのインスピレーション、創造性を競い合っているみたいでスリリングです。このライブ演奏が、後のジャズを変えてしまうほど革新的なものだったなんて、実に感動的ですね。

まだまだ聴いていない名盤もあるし、知らないピアニストもいる。本書を読んでピアノトリオを聴くことがますます楽しみになりました。
ShinSha