どうもShinShaです。
今回は百田尚樹さんの著書『クラシックを読む3』に関する記事です。
このシリーズの記事も3回目。
本当にこのシリーズの本は面白いですね。
おカタイ普通のクラシック本には絶対に書いていない音楽家の人生のドラマが綴ってあります。
ベートヴェンやモーツァルトのような天才でも、人生に苦悩し懸命に音楽を創ったのだと知りました。
百田さんの文章には熱があり、ついついその音楽を聴いてしまいます。
そして、その曲がまた素晴らしいのですね😃
この本のサブタイトルは「天才が最後に見た世界」。
今回はベートーヴェン「ピアノソナタ第8番」、スメタナ「モルダウ」、モーツァルト「レクイエム」のエピソードをご紹介します。
百田尚樹氏について
百田さんのプロフィールを下に載せました。
百田さんが書いた小説の累計発行部数は2,200万部。
これほどのベストセラー作家はそうそういません。
彼の書く小説は素晴らしいですね。
『永遠の0』『影法師』『海賊とよばれた男』
強靭な意志を貫いて生きる人々のドラマに、何度も胸が熱くなりました。
大阪府大阪市東淀川区出身。同志社大学法学部在学中に『ラブアタック!』(朝日放送)に出演し1978年当時大学3年生で6回目の挑戦などをする常連だった。大学は5年在籍した後、中退した。
その後、朝日放送プロデューサーに目をかけられ放送作家となり、『探偵!ナイトスクープ』のチーフライターを25年以上に渡り務めているほか、『大発見!恐怖の法則』などの番組の構成を手がけた。
2006年に『永遠の0』を発表し、小説家としてデビュー。2009年、『BOX!』が第30回吉川英治文学新人賞候補、第6回本屋大賞の5位に選出され、映画化もされた。
2012年0月にオリコン“本”ランキング文庫部門で『永遠の0』が100万部を突破。 2013年、『海賊とよばれた男』で本屋大賞を受賞。「直木賞なんかよりもはるかに素晴らしい、文学賞の中で最高の賞だ」と喜び、その発言でも注目を集めた。
2019年6月12日に、小説家引退を宣言。 2019年12月、著作の累計発行部数が2000万部を突破したと発表した。
引用:Wikipedia
『クラシックを読む3』から
この本の中から、印象に残った名曲のエピソード3つをご紹介します。
ベートーヴェン 「ピアノ・ソナタ第8番 悲愴」
ベートーヴェンは若い頃からピアノの名手でした。
この本によると、18世紀には「ピアノ対決」というピアノを即興で弾く技を競う対決がよく行われていたそうです。
ベートヴェンはピアノ対決では連戦連勝、無敵のピアニストでした。
当時のピアノ演奏には指だけでなく、手首、肘、肩など全身を使っていたそうです💦
まるで、昔の山下洋輔さんのようだ💦
そんなベートヴェンが偉大な音楽家として、世に出た曲が「ピアノ・ソナタ第8番 悲愴」です。
当時のベートーヴェンは28歳。
まだピアノ協奏曲も交響曲も弦楽四重奏も一曲も書いておらず、作曲家としては無名でした。
そして、病気による難聴に苦しんでいたのです。
彼はこの曲の楽譜の表紙に「悲愴的大ソナタ」と書きました。
ベートヴェンが曲にタイトルを付けるのは珍しいことです。
彼はこの一曲に賭けていたのです。
「悲愴」が発表された当時、ウィーンでピアノを学ぶ学生たちは驚喜しました。
学生たちは争って楽譜を買い求めた。
この曲がこれまで聴いたことのない、革命的で力強く美しい曲だったから。
しかし、教授たちはこの曲の演奏を禁じました。
それは、伝統的なピアノソナタの演奏法を無視したものだったからです。
《悲愴》を聴いて時々思うことは、この曲を聴いた貴族の令嬢たちは、たちまちにしてベートヴェンに夢中になっただろうということです。
(略)
今日の研究では、むしろ多くの貴族の令嬢や夫人と情熱的な恋をしたことが明らかになっています。 彼は耳が聞こえず、貧しい平民の出身で、背は低く、顔には疱瘡の痕があり、ハンサムとはとても言えませんでした。にもかかわらず、多くの貴族令嬢や夫人が彼に夢中になったのです。
しかし私は、それは当然だと思います。当時のヴィーンの貴族たちの音楽的な教養はとても高いものがありました。ベートーヴェンの音楽の素晴らしさを最初に認めたのは。実は大衆ではなく貴族たちでした。
高い音楽教養を身につけた貴族令嬢たちが、ベートーヴェンの演奏を目の当たりにすればどうなるか ー 考えるまでもないでしょう。それまで一度も耳にしたことない素晴らしいピアノソナタを演奏する天才を見て、恋しない女性など考えられません。
「ピアノ・ソナタ第8番 悲愴」の第2楽章の美しさは高く評価されています。
激しく早い第1楽章との対比も見事です。
陶然とするような心に染み入る優しいメロディが素晴らしい。
ビリージョエルはこの曲の一節を引用した曲を歌っています。
また、交響曲第9番《合唱付》緩徐楽章のメロディはこの主題にとてもよく似ています。
昔からこのピアノソナタが好きでよく聴いていました。
とくに激しくも美しい第1楽章が僕は好きです。
自分のもっているピアノ演奏テクニック、すべての才能を注ぎ込んで、この世界で生き抜いていくぞという、ベートヴェンの激しい情熱が伝わってきます。
ハイドン、モーツァルトのピアノ楽曲が一般的な時代だった。
この曲の成功で、彼は一躍有名な作曲家となります。
きっとベートヴェンはビートルズみたいだったんだな。
「悲愴」の演奏ではグレン・グールドの高速演奏が素晴らしいです。
最近では、反田恭平君のダイナミックで音のエッヂの立った演奏がとても気に入っています。
じつに素晴らしい演奏です。
スメタナ「モルダウ」
「モルダウ」は人気がある有名な曲です。
平原綾香、さだまさしなどもこの曲を編曲して歌っています。
この曲を書いたスメタナはチェコの民族音楽を発展させた先駆者と言われています。
スメタナが生まれた当時は、チェコという国はなく、彼の出身地ボヘミアはオーストラリアの一部でした。
ボヘミアの公用語はドイツ語、チェコ語を話すことさえ禁じられていました。
幼い頃から才能に恵まれたスメタナは、ピアニストとして成功を収め、次に指揮者になりました。
スメタナはやがて作曲も行うようになり、チェコ人としての誇りに目覚めていきます。
チェコ語のオペラを書き、人気のある指揮者となります
50代になると体の不調から劇場を辞め、作曲に専念するようになりました。
しかし、その頃から耳の病気を患い聴力が失われていきます。
スメタナは完全に聴力を失ってから、「モルダウ」の作曲に取りかかりました。
ベートーヴェンも同じように、聴力を失って数々の名曲を書いた音楽家ですが、いかにそれが大変なことなのか。
多くの楽器で編成される交響曲の複雑なハーモニーを、頭の中で鳴らして曲を書かねばならないのです。
スメタナ自身はこの曲の総譜に次のように書き込んでいます。
「ヴァルダヴァの第一の源 〜 第二の源 〜 森の狩 〜 農民の婚礼 〜 月光、水の精の輪舞 〜 聖ヨハネの急流 〜 いっそう広くヴァルダヴァは流れる」
曲はまさにこの情景を描いています。
私がもっとも好きなのは中間部の「月光、水の精の輪舞」のところです。目を閉じてこの部分を聞いてもらいたい。月明かりに照らされた静かな川面に妖精たちが舞う光景が確かに見えるはずです。本当に幻想的な美しさに満ちています。
曲を聴きながら記事を書いています。
曲の冒頭の哀愁を誘うメロディが心に響きます。
百田さんが書いているように、中間部の透明感にあふれた「月光、水の精の輪舞」は美しいなぁ。
目を閉じると穏やかな流れの上を微かに輝きながら妖精たちが飛んでいるみたいだ。
ストリングスの透明でシルキーな音が心に染み込んできます。
深く柔らかい愛情に満ちたメロディです。
やがて曲はまた哀愁のある主題のメロディにつながる。
つぎに流れは急流となり、怒涛のように流れていく。
そして大きな感動とともに曲が閉じる。
ああ、なんと素晴らしいのだろう。
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素晴らしい音質で名曲を聴きましょう ♪( ´θ`)ノ
モーツァルト「レクイエム」
モーツァルトが最後に書いた曲「レクイエム」。
天才音楽家の最後の傑作は謎に満ちています。
そしてさまざまなトラブルに巻き込まれた曲でもあります。
モーツァルトは経済的に困窮した晩年を送ります。
彼の音楽は進化していきましたが、大衆に受け入れられなくなったのです。
この本のいくつものコラムにその様子が登場しますが、晩年、モーツァルトは長調(マイナーコード)の曲を多く書くようになりました。
いまではモーツァルトの書いた長調の曲の多くは高い評価を受け、百田さんも絶賛しています。
しかし、当時、その素晴らしさは一部の音楽家や評論家に理解されただけでした。
演奏会の観客は集まらなくなり、作曲の依頼もどんどん減っていきました。
そんな1791年8月のある夜、灰色の服をきた見知らぬ男が訪ねてきてモーツァルトにレクイエムの作曲依頼をしました。
「魔笛」の作曲に追われていたモーツァルトはいったん断りますが、高額な前金に惹かれてその仕事を受けてしまいます。
男が出した条件は、依頼主が誰で、誰のためのレクイエムなのか訊いてはならないというものでした。
9月に「魔笛」を書き上げたモーツァルトはレイクイエムの作曲に取りかかります。
しかし体調を崩し、11月下旬にはほとんどベットに寝たきりになります。
それでもモーツァルトは病床の中で作曲を続けます。
モーツァルトはやがて妄想に囚われるようになります。
それは灰色の服を着た男は死の世界からの死者で、レクイエムは自分のための曲なのだと。
モーツァルトは病床で懸命に曲を書き続けますが、12月5日に曲を完成させることなく35歳という若さで世を去りました。
このストーリーは映画「アマデウス」に見事に描かれていますが、今日では依頼主も灰色の服を着た使者の名前も分かっています。
「レクイエム」はさらに数奇な運命を辿ることになります。
モーツァルトの未亡人コンスタンツェは彼の死後困窮し、さらに依頼者から前金の返済を迫られました。
困った彼女は弟子のジュスマイヤーに曲の完成を依頼しました。
そして、ようやく完成した楽譜を依頼主に渡し、彼女は残金を得ることに成功したのです。
ところが、したたかなコンスタンツェはその写譜をモーツァルトの作品として出版して金を儲けたのです。
それを知った依頼主の伯爵とトラブルになり、また曲を完成させだジュスマイヤが自分が補完した作品だと発言しました。
もはや、ぐちゃぐちゃ💦
「レクイム」にはモーツァルトの自筆部分はほとんど残されていません。
彼が完成させたのは第一曲の「イントロイトゥス」だけです。
その他の部分は合唱と和音のスケッチが残されているだけなのです。
しかし、モーツァルトがジュスマイヤーに指示を与えていたことは事実のようなのです。
どこまでモーツァルトが作曲し、どこからジュスマイヤーが補完したのか、いまだに結論が出ていません。
百田さんは「レクイエム」全14曲のうち、前半部分「イントロイトゥス」「キリエ」「セクエンツィア」の8曲が異様な緊張感があるのに対し、後半は弛緩した感じがすると感想を書いています。
僕も何度も聴いてみましたが同じ感想をもちました。
後半の6曲には他の曲と比べて、特別な感動がないのです。
百田さんの文を少し引用します。
とにかく、クラシック音楽史上最大の天才の最後の作品が、これほど謎に満ちた曲であるというのは、後世のわれわれにしてみれば、なんとも言えない気持ちにさせられます。
ちなみにモーツァルトが最後に書いていたのは第八曲の「ラクリモサ(涙の日)」といわれています。この曲の第八小節まで書いたところで筆が止まり、それ以上書き進められなかったと言われています。
つまり「ラクリモサ(涙の日)」がモーツァルトの絶筆ということになります。確かにこの曲を聴くと、胸が詰まるような悲しみが迫ってきます。
この曲の「イントロイトゥス」〜「セクエンツィア ディエス・エレ」は神々しい緊張感に満ちた美しい曲です。
「セクエンツィア コンフターティス」の弦楽器が唸りを上げる凄まじい曲です。
そして「セクエンツィア ラクリモサ」の気高いハーモニーの美しさは言葉に表せないほどです。
死の床に苦しみながらも、これほどの素晴らしい音楽を書いたモーツァルトは真の天才でした。
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あとがき
若き日のベートヴェンの戦い、モーツァルトの最後の名曲をめぐる謎。
そしてすべての聴力をなくしてからスメタナが書き上げた母国を愛する名曲。
何百年の年を超えて伝えられてきたクラシックの名曲は、音楽家たちの人生の喜びや苦しみから生まれた芸術なのだと知りました。
百田さんの『クラシックを読む』シリーズ3冊とも素晴らしい本でした。
あ、そうそう。
映画「アマデウス」にはサリエーリが出てきましたね。
これは、モーツァルトの死後30年経って、亡くなる寸前のサリエーリが「自分がモーツァルトを殺したと告白した」という噂が流れたために生まれた説です。
ヴィーンでこの噂が流れたのは事実ですが、今日ではサリエリの毒殺説はほぼ否定されています。
モーツァルトの死はいまでも謎に包まれています。
謎は謎として、いつまでもそのままで良いのだと思います。
この本を読んだおかげで、ますますクラシックに惹かれてしまったのでした。
ShinSha