どうもShinShaです。今回は音に対する人間の驚くべき感受性に関する話です。大橋 力氏の著作『ハイパーソニック・エフェクト』の内容についてご紹介します。今回の記事はオーディオファン、ミュージシャン必読の内容です。
学生の頃、芸能山城組(げいのうやましろぐみ)の演奏するバリ島の民族音楽”ケチャ”を聴いたことがあります。だから音楽家山城祥二氏のことは強い印象が残っています。その山城祥二氏が大橋力とい名の脳科学者であり、音響学、音響生理学に関する研究をされている人物だということを最近知りました。
この本は大橋力氏の渾身の研究成果、「ハイパーソニック・エフェクト」の発見について書いてあります。人間には驚くべき音の感受性があります。人間は40KHzを超える超高周波音を感じ取り、脳の奥深くを活性化して美しさ・感動を強く感じることができるのです。
研究のきっかけ 〜LPからCDへの移行
大橋氏がこの研究を始めるきっかけとなったのは、1985年に芸能山城組の楽曲をアナログ盤、CDとして発売したことだった。大橋氏はこのCDの音を聴いた時の衝撃は生涯忘れらないほどのものだったと書いています。
CDから聴こえてくる音はLPと寸分違わないのに無味乾燥で殺伐としていた。LPで感じた音楽の感動がまったくやってこなかった。そして、アルバムを制作したエンジアたちの感想も大橋氏と同じだったのです。確かにLPの音は、CDよりも美しく感じるのにその理由が分からない。この理由を理論的に説明することができなかったのです。
芸能山城組は、民族音楽を主題にした楽曲を発表している日本のアーティストグループ。文明批判をテーマに掲げ活動を行っており、1988年に公開されたアニメ映画『AKIRA』の音楽を担当したことでも知られています。
芸能山城組は、世界の民族芸能から生まれた音楽、ヨーロッパからアジア、アフリカと幅広い民族音楽を演奏しています。下に芸能山城組公演の写真を載せます。この演奏では、ジェゴクという竹でできた5オクターブの音階が出せる楽器を使っています。
CD規格の決定
話が変わりますが、CD (Conpact Disk)はソニーとオランダのフィリップス社が共同で開発し規格を統一してできたものです。規格決定にあたってはアナログ版の音質から音の品質を落とさないように様々な試験を行い、最終的にはPCM方式サンプリングビット数16bit、標本化周波数44kHzという規格が決定されました。
この時行われた音響テストはルイ・サーストンという学者が考案した「一対比較法」によるもので、一対の音源サンプルを聴いて音の違いをテストするものでした。このテストにより、ほとんどの人間の可聴周波数の上限は19kHzであるとの結論が出ました。
その結果を受けてCDの再生周波数上限はこれを少し上回る22kHzに設定されました。この規格が以降のデジタルオーディオの基準となっていきます。僕自身も可聴周波数のテストをしたことがありますが、聞き分けられる音は15kHZでした。年齢相応でとても残念でしたが。
大橋氏の研究
大橋氏は自らの衝撃的な経験から、人間の耳に聞こえない超高周波成分が音質に影響を与えるという仮説を立てて研究を始めました。そしていくつかの研究発表をするのですが、彼の研究成果は学会でことごとく否定されました。それでも大橋氏は諦めなかった。アーティストとしての感性が真実を知っていたからです。
今回紹介する『ハイパーソニック・エフェクト』には、科学者そして音楽家である大橋力氏の渾身の研究成果が記してあります。音楽家として培ってきた直感を証明するために大胆な仮説を立て、そして誰も想像できなかった新しい音響学の地平に到達した。研究者の端くれである僕は、本書の内容に驚くとともに実証のダイナミックな展開に大きな感銘を受けました。
それでは、本書の内容の一部を紹介しましょう。大橋氏は研究の手法、装置をゼロから構築しました。従来の音響試験で用いられた一対比較法によらない音響テスト方法、さらに人間の感覚による判定のみではなく、音楽を聴くときに生じる脳波(α波)の測定を行う独自の実験装置を開発しました。この研究結果の一部を下に掲載します。
下の図を見てください。可聴音+超高周波(>40kHz)を聴いた人の脳の中には、時間の経過とともにα波が広がっていきます。続けて可聴音のみを聴き続けると脳内のα波が徐々に消えていく様子が示されています。
さらに大橋氏は放射性同位体を投与して音を聞いた時の脳内の血流を調べる、がん検査にも使用されるPETスキャナーを用いた装置まで開発した実験を行っています。この方法だとリアルタイムに脳内の活性を調べることができその証拠も残る。ものすごく費用がかかっただろうなと想像します。執念ともいえるほど、これほど徹底した研究が行われたことに感動しました。
この研究の結果、人間の驚くべき音の感受性がもたらす『ハイパーソニック・エフェクト』の存在が明らかになりました。
『ハイパーソニック・エフェクト』とは
ここで、大橋氏が発見した驚くべき音の感受性がもたらす効果、『ハイパーソニック・エフェクト』について説明します。
ハイパーソニック・エフェクトとは、[周波数が高すぎて音として聴こえない高複雑性超高周波(40kHz以上)を含む音]が人間の脳の最深部(中脳・視床・視床下部などの領域。以下、「基幹脳」と呼ぶ)を活性化して惹き起こす現象です。
基幹脳が活性化すると、音楽を聴くときの「美しさ快さそして感動」の発生をつかさどる脳の〈情動神経系〉の働きが活発になって、音楽が心を打つ効果と魅力が劇的に高まります。
引用:https://www.yamashirogumi.gr.jp/
基幹脳が活性化すると、脳の情動神経の働きが活発になり、美しさ・快さ・感動等を強く感じます。そして、脳内にセロトニンやドーパミンが分泌され、心身を幸福な状態に導く効果があるのです。バリの民族音楽"ケチャ"で人間がトランス状態になるのもこの効果なのですね。
ハイパーソニック・エフェクトは、ハイパー・サウンド(超高周波、周波数40kHz以上)を受容する、感じることで得られます。しかし、ハイパー・サウンドを感じるの聴覚ではありません。驚くことに体の表面の感覚なのです。
ハイパーソニック・エフェクトが発生する条件
繰り返し行った実験から、ハイパーソニック・エフェクトが発現する条件が探索されました。その条件を示したのが下の図です。
ハイパーソニック・エフェクトが発現する条件は ①可聴音を耳で聞き、②超高周波を体表面で浴びる こと。① + ② が必要です。驚くことに人間は体の表面でも音を感じるのですね。
サウンドシャワーを浴びるという言葉ありますが、あれは本当だった。自分の家でハイパーソニック・エフェクトを再現するには、ハイレゾ音源、アナログ盤から、超高周波を再生できるツィータがついたスピーカーで聴けば良いのです。
ハイレゾ音源としてはDSD音源やPCM 192kHz/24bit フォーマットの音源が必要となります。そしてやはり、ライブに出掛けてアーティストの演奏するサウンドシャワーを浴びることが、音楽の最高の楽しみになるのだと考えました。
超高周波を再生する楽器・音楽について
この本にはバリ島の民族音楽、ガムランがハイパーソニック・サウンドを含む音楽がであることが紹介されています。ガムランを演奏する楽器は青銅製鍵盤をもつ鉄琴、木と牛皮でできた太鼓、ドラ、釜など金属製の打楽器が主です。音を聞いてみると、たしかに高域、超高域のボリューム感があるサウンドです。
下の図は楽器、音楽の周波数帯域のグラフです。ガムランは周波数100kHzまでのとても幅広い音域で構成されています。それに比べてピアノ、オーケストラなどの音域は20kHzあたりで減衰することが示されています。残念ながら近代の西洋音楽には超高周波はあまり含まれていない。
本書には、尺八、箏、リュート、チェンバロなどの楽器が超高周波を含む音を発する楽器であることが書かれていました。東洋の伝統的な楽器に加えて、西洋の楽器でもリュート、チェンバロなど古い時代に使用されていた楽器は高周波数の音を出すのですね。
大橋氏はバリの民族音楽や世界の民族音楽に精通していたから、この素晴らしい研究成果を発見した訳です。自分はそういう音楽は普段聴かないから、ハイパーソニック・エフェクトの恩恵を受けることはないかもな。とても残念だけど。本を読みながらそう考えていました。ところが情報を調べてみるとそうでもないことが分かってきました。
2015年に広島大学大学院で行われた研究報告を読むと、いくつかの身近な楽器が高周波成分を含む音を発生させることが書いてありました。カスタネット、ベル、トライアングル、コンガ、クラベス、マラカス、フィンガー・シンバルなどなど。なかでもタンバリンが最も豊かな高周波成分を発生させる楽器であると書いてありました。
ということは、ロック、ポピュラー、ラテン音楽でもこのような楽器を使っていれば、ハイパーソニック・エフェクトを発生させることができるはずです。ロック系の楽曲にはタンバリンは頻繁に使われています。普段僕らが聴いている音楽にも本来はハイパー・サウンドは含まれているのです。そういえば、ビートルズも何曲かハプシコード (= チェンバロ)を演奏に使っていたことを思い出しました。
ミュージシャンの皆さんは、上に書いた楽器を自分の演奏に使ってみてはいかがでしょうか。そうすればオーディエンスにより強い感動を伝えることができるはずです。実際に芸能山城組の音楽には、隠し味としてハイパー・サウンドを仕込んでいるそうです。
おわりに
本書にはオーディオマニアに対する愛情あふれた言葉も書かれていました。アナログ盤にあれほど熱狂し、意味がないといわれたツィータを求めたオーディオマニアの感性は正しかった。また、オルトフォン、デノン、サテンなどのカートリッジは超高周波の再生能力に大きくかかわっていた。そしてCDの普及とともに音楽への熱狂は去ってしまったと。
ハイパーソニック・エフェクトの発見は、SACDやDVD-Audioといった人間の可聴域をこえる超高周波成分を記録し再生することのできる新しいデジタルオーディオフォーマット開発の直接の導火線となりました。また最近のハイレゾ・ミュージック普及の引き金を引きました。
人間がもつ能力は驚異的ですね。40kHzを超える超高周波を皮膚で感じるなんて。そしてその感覚によって脳の奥まで強く感動させる効果が生みだすのです。ここには、なんだか生物の神秘が含まれているような気がします。この記事に興味を持たれた方はぜひ、本書を読んでみてください。素晴らしい本です。ここでは紹介しきれなかった数々の音響に関する情報が書かれています。
この本を読んで、個人的にはハイレゾミュージックに関するもやもやとしたいくつかの疑念が消えました。PCオーディオでヘッドホン、イヤホンで音楽を聴いている僕には、残念ながらこの素晴らしい効果を体感することができません。これからはもっとライブに出かけることにしようかな。
最近、都市生活向けに40kHz以上の音だけを再生するスピーカーができないかと夢想しています。可聴域を超えた音だけを再生するスピーカーを鳴らしながらヘッドホン・イヤホンで音楽を聴けば、近所迷惑、家人の苦情から逃れてハイパーソニック・エフェクトが体感できるのではないか。いや、ペットが騒ぐかもしれないな。自分で試作してみたい誘惑に駆れています。
ShinSha